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東京高等裁判所 昭和49年(う)1329号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人堀合辰夫提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるからここにこれを引用する。

控訴趣意第一点について。

所論は要するに、原判示第二の無免許運転の罪はさきに被告人が昭和四八年三月二七日墨田簡易裁判所において唯野貢二名義で受けた略式命令(同年四月一一日確定)の内容となる酒気帯び運転の罪と刑法五四条一項前段の観念的競合の関係にあるから、すでに刑訴法三三七条一号所定の確定判決を経たときにあたり、従つて右無免許運転の事実については被告人を免訴すべきであるのに原判決が右無免許運転の事実については右略式命令の効力が及ばないとしてこれを有罪としたのは右条項の解釈適用を誤つたもので破棄を免れない、というにある。

よつて検討するのに、記録によれば、本件被告人小川は原判示第二の無免許運転の際、呼気一リットルにつき0.25ミリグラム以上のアルコールを身体に保有するいわゆる酒気帯びの状態であつたが、蔵前警察署所属の司法巡査中沢孝平の取調を受けたとき、原判示第一の横領にかかる唯野貢二の自動車運転免許証を所持していたのでこれを呈示して同人の氏名・本籍・住居等を冒用したため、酒気帯び運転の罪についてのみ交通事件原票により立件され、無免許運転の罪は発覚を免れたこと、次いで本件被告人は昭和四八年三月二七日墨田区検察庁に出頭し、同検察庁検察官事務取扱検察事務官渡辺渡の取調を受けたが、氏名等冒用の事実は発覚しないまま同検察事務官は被告人として「氏名唯野貢二、本籍宮城県加美郡小野田町字南小路一の四三、住居東京都墨田区押上一丁目三六番六号山本方、生年月日昭和一五年八月二一日、職業塗装業」なる表示のもとに道路交通法違反(酒気帯び運転の罪)被告事件につき墨田簡易裁判所に対し略式命令を請求し、同簡易裁判所は右被告事件について即日「被告人を罰金二万円に処する。これを完納することができないときは金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。第一項の金額を仮に納付することを命ずる。」との略式命令を発布し、これを本件被告人に交付して送達し、同日本件被告人は右罰金を納付したこと、がそれぞれ明らかである。

そこで右事実関係によつて前記略式命令がなんびとに対して下されたか、右略式命令における被告人は誰かについて考えるのに、およそ裁判の名宛人となる被告人を定めるについては、起訴状等書面にあらわれた被告人の表示、検察官の意思、被告人としての挙動等を基準として具体的な事例において、当該訴訟手続の段階、形態、経過等にかんがみ合理的に確定すべきものであるが、右道路交通法違反被告事件のように簡易迅速を旨とする略式手続においては、通常の公判手続ないし交通事件即決裁判手続における人定質問のような被告人選別の機能をもつ慎重な手続はなく、もつぱら書面上で特定された被告人に対し裁判が下されるのであり、裁判形成の過程において現実に被告人として行為する場面は原則として予定されていないのであるから、たとえ右事件のようにいわゆる三者即日処理方式により本件被告人小川が唯野貢二の氏名を冒用し一日のうちに捜査機関に対し被疑者として行動し、かつ裁判所において被告人として唯野貢二名義の略式命令の交付を受けて即日罰金を納付する等の事実があつたからといつて、本件被告人小川が外観上被告人として行為し、右略式命令の名宛人となつたということはできない。また、右事件において、検察官は起訴状の表示と本件被告人との同一性を信じて起訴したものではあるが、起訴状における被告人唯野貢二の表示は本件被告人小川の通称ないし単純な偽名ではなく、本件被告人によつて住居・氏名等を冒用された実在人であり、しかも本件被告人は当時勾留等の身柄拘束を受けて起訴されたわけでもないことにもかんがみると、右起訴状および略式命令表示の被告人と本件被告人との同一性を認めることはできないから、右の表示を検察官の意思によつて本件被告人に訂正ないし変更することは許されないのであり(東京高等裁判所第二刑事部昭和三六年七月二八日決定、東京高裁判決時報一二巻七号刑一二八頁参照)、したがつて、右略式命令における被告人は本件被告人小川ではなく、結局その表示にしたがい唯野貢二と認むべきである(なお、このように解すると、右略式命令は唯野貢二に交付されていないから、その被告人に対する適法な送達はなかつたことになる。)。そうすると、本件被告人の原判示第二の無免許運転の罪と観念的競合の関係にある酒気帯び運転の罪について未だ本件被告人に対する確定裁判は存在していないものといわなければならない。原判決の理由は右と異なるが、原判示第二の無免許運転の罪が刑訴法三三七条一号にあたらないとする点で右と同一であるから、結論において正当であり、論旨は結局理由がない。

控訴趣意第二点について。

所論は原判決の量刑不当を主張するのであるが、記録および当審における事実取調の結果にあらわれた本件各犯行の罪質・動機・態様および被告人の年令・性行・犯歴等諸般の情状を綜合し、とりわけ、被告人が友人の遺失した運転免許証を拾得しながらこれを横領したばかりでなく、これを利用して無免許運転等の発覚を免れ、友人に酒気帯び運転の罪を着せようとするなどその犯情は軽視し難いこと、昭和四四年以降酒酔い運転および無免許運転により各一回罰金刑に処せられていることにもかんがみると、被告人の反省、勤務先における態度、家庭の事情等被告人に有利な諸事情を併せ考えてみても原判決の量刑が重きに過ぎるとは認められない。論旨は理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとして主文のとおり判決する。

(田原義衛 吉澤潤三 小泉祐康)

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